【旅団をめぐる旅】の第4回目は、大学在学中からコマ撮りやアニメーション作品を制作・
発表してきた袴田くるみさんにお話を伺いました。労力のかかるアニメーション制作を毎日の仕事終わりに少しずつ進めてゆくというスタイルで完成させた作品群は寓話的でありながらもドキッとさせるようなメッセージも隠されており、特に近年は国内外の映画祭での上映が続いています。
【袴田くるみ】経歴
1992年静岡県出身。日藝映画学科卒業。
映像を作るのはあまり上手ではないけど、制作は続けています。
今年交通事故に遭いましたが、大きなケガもなく健康です。
ー 袴田さんは東京映像旅団の上映会には何度かご参加されてますが、こうやってやりとりするのは初めてですね。今回はよろしくお願いいたします ー
(袴田)貴重な機会をありがとうございます。
今まで、こういう機会がほとんどなかったのでうまく伝えられるか心配ですが、がんばりま
す。よろしくお願いします。
☆
ー そもそも袴田さんはなぜ日芸の映画学科に入ろうと思ったのですか ー
(袴田)レイ・ハリーハウゼンのストップモーション(彼の手法はダイナメーションと呼
ばれていました)が好きで、映画制作を勉強したいと思い入学しました。
私が入学するよりずっと前ですが、「タイタンの戦い」のプロモーションでハリーハウゼン
さんが来日されたとき、日芸に来校されたことがあったそうです。図書館で調べ物をしていたら偶然このことを知り、彼とゆかりのある大学に入れたことを知ってとても嬉しかったことを覚えています。
ー 大学在学中はどのような作品をつくっていましたか ー
(袴田)上記の理由で、ストップモーションの作品を作っていました。
女の子がタランチュラになったり、ドアを開けたらティラノサウルスが襲ってくるような
内容だったと思います。
3枚とも『虹色の花畑』(2015年)より
ー 大学を卒業されてから個人制作を始めたのはどのタイミングで、それは何かのきっかけがあったのですか ー
(袴田)社会人になってから、すぐだったと思います。映像を作りたいという気持ちは卒業後も変わらずあったので。
在学中は大学でカメラや照明を借りて制作していたので、卒業後は機材を揃えることから始
めなくてはと思って、作品の企画を進めながらお金を貯めていました。結局、機材を買う前
にストップモーションをやめてしまったので、実現はしませんでした。
ー そうですよね。大学を出てしまうとスタッフや機材にもいちいちお金がかかってしまい、結局制作から遠ざかってしまう人が多いですよね…。それ以外にも学生時代との違いはありましたか ー
(袴田)タランチュラとかティラノサウルスが出てこなくなったことでしょうか(笑)
学生時代は、「好き」という気持ちだけでまっすぐに頑張れていた気がします。卒業してからは・・・なんというか、まっすぐな気持ちを保つのが難しくなってきて・・・。大人になるというのはきびしいことだなと思います。
でも、今の作風もいろんなものを乗り越えて身につけたものなので、それなりに意味のあ
るものだと思っています。
2枚とも『ゆめちゃん』(2014年)制作中の写真
ー 社会人になると生活のために働かないといけませんが、仕事で使う脳の機能と創作に使う部位が結構違っていたり、いざ時間ができてもアイデアが何も浮かんでこないとかあり
ますよね。ところで袴田さんが初めて東京映像旅団に参加されたのはいつですか?何か参加
されるきっかけがあったのでしょうか ー
(袴田)2018年だと思います。
手探りで作ったものだったので、公開するか迷いました。でも、知り合いの人に協力しても
らった作品なので、できるだけ見てもらう機会を大切にしよう、と思い東京映像旅団に参加
させていただきました。
ただ、仕事が重なったり勇気がなかったりして、しばらくは会場に行くことができませんでした。おととし(編集部注:『東京映像応援団〜恋する上映会〜』2022年、赤羽の大満寺で開催)初めて会場に伺ったときは、皆さん本当に親切にしてくださり嬉しかったです。
皆さんの作品を見るのも楽しくて、もっと早くから行けばよかったなと少し後悔しています。
ー そのとき会場のメンバー間では「袴田さんが会場に来てる!」って話題になっていましたよ(笑)ちょうどお借りしていた場所がお寺の本堂で、ご本尊の前にスクリーンを設置して上映させていただくというありがたい上映会だったので、もしかしたら不思議な縁が働いたのかもしれません。
さきほどレイ・ハリーハウゼンの話が出ました。我々が在籍していた映画学科の映像コース(当時。現在は映像表現理論コース)は実験映像・ドラマ・描画によるアニメーションなど様々なジャンルから表現手法を選べますが、やはり何の迷いもなくコマ撮りで人形を動かしてゆくという制作スタイルを選択されたということでしょうか ー
(袴田)もう、ほんとに、ストップモーションが好きで仕方なかったんです。
コマ撮りの映像にはモーションブラーがないので速い動きが奇妙に見えるのですが、私はそ
ういう奇妙さがとても好きでした。特に、架空の生き物を描写する方法としては、こんなに
おもしろい表現方法は他にないと思います。
☆☆
ー ただ、初めて旅団に参加された『なぎさのカサーレス』(2017年)から描画のアニメ
ーションへと表現形態が変更されています。これはコマ撮りでの制作が難しくなったからでしょうか?あるいは描画での表現に興味が移ったとか ー
(袴田)そうですね・・・いろいろあって、ストップモーションを諦めることにしたんです。
挫折です。時間とかお金の問題ではなかったんですけど・・・現実はきびしいです。
そのときは落ち込みすぎて、映像制作自体やめてしまおうかなと思っていたのですが、卒業
前に先生方に「制作を続けなさい」と言っていただいたことや、知人の協力もあり、とりあ
えず1つ何か作ってみようということになりました。それで作ったのが「なぎさのカサーレ
ス」でした。
その後いくつか作品を作る中で、描画のアニメーションだからこそできることが少しずつわ
かってきて、協力してくれる人が増えて、表現の幅が広がってきた、ような気がしています。
3枚とも「なぎさのカサーレス」(2017年)より
ー …なるほど、紆余曲折があってのことなんですね。そのようにして改めて袴田作品を観てみると、およそ以下のような特徴があるのを感じます。箇条書きにしてみると…
・会話も含めて全篇で英語が使われている
・近未来的な舞台設定で物語が展開するが、その近未来像がなぜか懐かしく感じられる
・寓話的ではあるが、より強く訴えかけるメッセージの存在も同時に感じる
といったところなのですが…それは例えば文字を覚えたての子どもが絵本で初めてみる世界
のような独特の距離感と同時に中毒性を感じます。先の見えないモヤった世界で自分より高
次の存在から何か諭されているような、そんな感覚が各作品ごとにあるんです。
(袴田)恐れ多い感想をありがとうございます。
作品のテーマが差別とか暴力だったりするので、ストレートな表現は、打たれ弱い私には
難しいです。直接的でもうまく表現できる作家さんもいると思いますが、私はあんまり上手
にできないタイプなので「違う時代の違う世界の違う言葉」を使ったほうが、重いテーマと
適切な距離をとって冷静に考えられるように思います。
私は自分の意見を言うのが本当に苦手で、作品を通して明確なメッセージを示せるほどの
勇気も知恵もないんです。でも、見なかったことにはしたくない。
どうしたら良いのかわからないけど、存在しないことにされている問題を見えるようにする
ことだけでもしておきたい、という思いで試行錯誤した結果、こういう作風になったのだと
思います。
近未来を舞台にしているのは、私がディストピアSFにすごく励まされたからかもしれません。このジャンルは、フィクションとして楽しみながら現実の問題を考えるきっかけを与えてくれます。個人の考えを持つことが許されない世界で、日記を書くとか、自分の気持ちを正直に話せる仲間を見つけるとか、自分なりに人間らしさを求めて行動を起こす主人公たちを見ていると、勇気づけられる気がするんです。ハッピーエンドでなくても、意味があることだと思います。
ー 「ディストピアSFに励まされる」というのは、もしかしたらかつて21世紀へと時代を
跨ぐ際に我々一人ひとりがもっと意識しなければいけなかった態度だったかもしれません。
周りの状況を悲観するだけではなく、あくまで個人の心構えによって変えられるのだという
考えは、その時代に生きる人々のロマンの資質を問うようなことではないでしょうか?
袴田さんは「勇気も知恵もない」と謙遜されますが、袴田さんの作品に出てくるキャラクタ
ーにどこか凛々しさ感じるのはそのような監督の、やはり勇気が乗り移っているのだろうと
私は思います。
☆☆☆
ー そのように迷いながらもコツコツと作品制作を続けてきたわけですが、近年袴田さんは個展開催やコンテストでのグランプリ受賞、さらにはU-NEXTなどのサブスクサービスでも作品が配信されていますが、ご自身で作品の売り込みなどをされているのでしょうか?あるいは声が掛かって実現するようなことが多いのでしょうか ー
(袴田)ありがたいことに、全部映画祭で知り合った方々からお声がけいただいて実現しています。自分の考えたものを作品にする、というのは私にとってはすごく怖いことでもあるのですが、賞や配信などのお話をいただいたりすると、私の作ったものに共感してくれる人がいるんだと実感するので、それが一番嬉しいです。
ネットや映画祭で感想を伝えてくださる方もいて、それも本当にありがたいです。私はひとりじゃないんだなあ、とすごく心強く感じます。
『なぎさのカサーレス』『陳腐な男』『ジョディ』のメモや絵コンテの写真です。 「メンチカツスコッチエッグ」と書いてあるメモ(写真2枚目右下)は何のことか覚えていないのですが、料理番組 を見ながら絵コンテを作っていたのだと思います。(袴田 談)
現在制作中の作品の写真です。
背景画を描くのが苦手なので、まずダンボールでミニチュア模型をつくり写真を撮って描いてみることにしました(大変だったので1回でやめました ー 袴田 談)。
☆☆☆☆
ー もし袴田さんの作品に共通するメッセージがあるとすれば何でしょうか?あるいはある時期からそれが変わってきたというようなことはありますか ー
(袴田)うーん・・・一言でうまく説明できたら良いんですけど・・・わかりやすくまとめようとすればするほど、うさんくさくなりそうな気がして。
学生時代に「あなたはしゃべるほどボロが出る」と言われたことがあるので、はっきり言わ
ないほうが作品のためにも良いような気がします。すみません。でも、訴える物事がある時
期から変わってきたというのは確かにあります。社会人になって、人と関わる機会が増えて、少し視野が広がったことも影響しているのかなと思います。
これまで、個人の責任だと思われていた生きづらさが、本当はみんなで考えて変えていか
なきゃいけない大きな課題なんじゃないか、とか、そういうところがちょっとだけ見えるよ
うにはなってきたと思います。
ー ただ楽しいから作品を作っていた学生時代というのが誰にもあると思うんですが、いざ卒業して社会人になると周りとの色んな利害関係や生活の中で途端に賢しくなって効率的に生きてゆこうとする。でもその時に見捨てられた“ままならなさ”のようなものは実はとて
も雄弁でそれは形を変えながらも我々の人生を伴走するのではないか。いま個人映像制作を続けている東京映像旅団のメンバーにはそのようなことに関心を向けている作家さんもいると思いますが、袴田さんはどうですか ー
(袴田)実際には何も作らなくても生きていけるし、もっと効率の良いやり方があるんじゃないかと思うんですが、それを承知でなんで映像を作っているのか自分でもよくわからないです。得意でもないし、期待されているわけでもないのに。
私は何か言わなきゃいけない場面でうまく言葉が出ないので、「あのときこう言えたら良かったのに」という悔しさが映像になっているのかなと思います。私がもうちょっとはっきりものを言える人だったら、創作をしなかったかもしれません。
ー 最後の質問になりますが、このような場でこのような作品を発表してゆきたいなど今後の抱負について教えてください ー
(袴田)なかなか、抱負というほどの立派なものがなくて、今日何枚絵を描けるかという
目先の目標しか見えていないのが現状です・・・。結局視野が狭いですね。
とりあえず今作っているアニメーションは歴史ものです。400年くらい昔の話を日本語で作
っています。
ディストピア小説と同じように、何かを変えようと自分なりに行動した人たちの記録を読
むと、やっぱり、すごいなあ、勇気があるなあと憧れます。全体的に暗い話ばかりしてしま
いましたが、一応、私にも前向きな気持ちがあるから制作ができているのだと思います。今
年出品する作品は、いつもよりは明るい雰囲気なので気軽に見ていただけたら良いなと思い
ます。
ー 日本語の明るい雰囲気の作品というと、いままでの袴田作品とはまた違う流れの作品になりそうですね。楽しみにしています。
今回はこの【旅団をめぐる旅】の企画をお受けいただきありがとうございました ー
(袴田)こんな話でよかったんでしょうか。でも、普段は気づかないことを考えられて貴重な経験になりました。
ありがとうございました。
現在制作中の作品スチル
袴田くるみさんのYouTubeチャンネルでは過去作を観ることができます。
※ 袴田くるみさんにお聞きしたところ「自分の作品歴、上映・受賞歴のリストは作っていない」ということでしたので、今回僭越ではありますがこの機会に作成させていただきました。(ただこの【旅団をめぐる旅】においては、制作作品の多寡や受賞歴などにおいて各作家の評価とはしないということを念頭にしております)
【袴田くるみ監督作品および上映・受賞歴】
2014年『ゆめちゃん』
映画学科映像(現:映像表現理論)コース3年次実習制作作品
2015年『虹色の花畑』
映画学科映像(現:映像表現理論)コース4年次卒業計画作品
2017年 『なぎさのカサーレス』
新千歳空港国際アニメーション映画祭2017 アジアンショーケース上映
Kisssh-Kissssssh映画祭2017 上映
第13回吉祥寺アニメーション映画祭 上映
2018年 『陳腐な男』
日本広報文化センター@ワシントンD.C.日本大使館(上映)
黒田原駅前ナスタルジック映画祭(上映)
イェール大学(上映)
New York Japan CineFest 2019(上映)
Inshort Film Festival(Nigeria上映)
JSFF - Japanese Serbian Film Festival (セルビア&東京上映)
にいがた国際映画祭(上映)
TOKYO MX あしたのSHOW(放映)
那須ショートフィルムフェスティバル(じゃらん賞)
西東京市民映画祭2018(アニメ優秀作品賞・本選会上映)
ROS film festival (Spain)、映画少年短篇映画祭(決勝)
あいち国際女性映画祭(短編フィルム部門)
門真国際映画祭(タイトルロゴ賞)
2019年 『タイムマシン』
第14回那須ショートフィルムフェスティバル2019(準グランプリ)
西東京市民映画祭2019(奨励賞)
夜空と交差する森の映画祭(上映)
あいち国際女性映画祭2019(グランプリ・観客賞)
ユーゴスラビア映画博物館内 映画館"Kinoteka"(上映)
FAKULTET DRAMSKIH UMETNOSTI(ベオグラード芸術大学演劇学部)
@セルビア(上映)
第9回アジア太平洋フェスティバルフィルムフェスティバル in北名古屋
@名古屋芸術大学アートスクエア(文化勤労会館)大ホール(上映)
2021年 『ジョディ』
澁谷インディペンデントフィルムフェスティバル2024アニメーション部門最優秀賞
第8回 Reiki Films Film Festival 最優秀作品・監督賞
蓼科高原映画祭短編映画コンクール 入選
あざれあメッセ2021@静岡県男女共同参画センター(上映)
あいち国際女性映画祭2022(観客賞)
那須ショートフィルムフェステイバル2022(審査員特別賞)
西東京市民映画祭2022(奨励賞)
日本セルビア映画祭2022(上映)
2024年10月制作中作品 『ホロフェルネスの首を取れ』
New Chitose Airport Pitch2021 通過
(新千歳空港アニメーション映画祭の企画コンテストです)
(2024.10.13 Article.)