作品レビュー「CAMERA」執筆:岡村知美
- 2015年10月15日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年11月7日

鑑賞作品:「CAMERA」原藍子
ファンタジーの作り方
執筆者:岡村知美
作者は、普段、広告映像はMVの美術や制作進行を生業とし、映像の中にしか存在しない世界を日々作りつづけているひとです。
そんな彼女だから、この作品の中で彼女の感じている映像のルールを揺さぶりたかったのだとではないかと思いました。
そのルールとは「映像=カメラ切り取った現実で、想像の世界を造り出すものである」というような?
そのために、まず、この「映像」作品に、観客が想像力で補完して物語の世界を作り上げてゆく舞台演劇の手法を用いているようです。
たとえば、鳥男の扮装の割合。
爪だけ、白シャツの下半分にだけ、「鳥」役を演じている、と判る程度の記号をあたえて、のこりは観客の想像力の中で補完されるように隙を残しています。
セリフも電子ノイズに置き換えられており,観客は耳には聞こえない鳥男の声を想像しながら物語を追っていくことになります。
しかし、そんな登場人物達が置かれる舞台となるのは,カメラが切り取った本物の河辺です。
映像中の遠くの橋の上では、現実の暮らしを営む自動車達の群れが行き交い、この景色が物語の中とはいえ、私達の暮らす現実と同じ場所であることをおもいださせています。
現実から切り取ってくる映像は、作品中の意図とは関係ないノイズをもっているので、意図通りに空想の世界造りにはは使えないこともあります。けれど、それが力になる時もあるよね、、という映像の能力を感じます。
作中では「映像」の持つ現実を振り払うためか、BGMは絶えず流れ続けます。
そして、現実とファンタジーが拮抗するなかで物語が進んだ先に、魚女が囚われるのは、スクリーンに囲まれた空間です。
ここでは、カメラが切り取った映像はスクリーンに閉じ込められ、書き割りとして物体にされてしまうのです。
私が以上の文章で使って来た、「映像」「現実」「想像」「物語」「ファンタジー」「物体」は、それぞれの単語が、どういう対立or同列関係にあるか、この文章中ですでに非常に混乱しているのですが、それは実際に私も普段から混乱しているからです。。
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