作品レビュー「堤防」執筆:渡井登紀子
- 2015年11月7日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年11月7日

鑑賞作品:「堤防」池端規恵子
執筆者:渡井登紀子
映されている場所は、作者が生まれ育った場所であり、登場する少女は、彼女の母親が撮った作者自身である。
記憶に結びつくものに、人々は思いを馳せ、感傷的にもなる。しかし作者は、そのような内証の素振りは見せずに、しずかな検証をはじめる。
かつての自分が映されたその場所を、カメラはおさめてゆく。しずかに。何度も。
行われた検証は、透明な瓶に入れられラベルが貼られる。ラベルには時刻と場所、天気。日付けはない。
それらは集められ、暗い保存室で密やかに眺められることになるだろう。
そして、ふとある仮説に取り憑かれる。
レンズを通した向こう側には、もうひとりの検証者がいる。何かを確かめるために黙々と採集し、瓶詰めをし、ラベルを貼る。
そして、今まさに私の姿を瓶に詰めようとしているのだ。
ー 果たして、そこに私の姿は本当に映されているのだろうか ー
母親の撮影した自転車を練習する少女。その映像は作者によって何度も見られ、そこに映された場所は、作者によって何度も撮影されている。そのため、自分が撮影したもののように感じる、と作者は語る。その錯覚によって、作品はよりフィクションの領域へと導かれているのかもしれない。
そして、堤防とは人の手によって作られたものだと思い出す。その土は、いったい何処から運ばれてきたのだろうかと。


