作品レビュー「この道は、ご自由に」執筆:垣田篤人
- 2015年10月1日
- 読了時間: 2分

鑑賞作品:「この道は、ご自由に」 渡井登紀子
執筆者:垣田篤人
作品の冒頭、作者の娘が着物を着付けてもらっているシーンがあり、そのまわりにはビデオで撮影している作者やその親類らしき人たちが慌ただしく動いているのだが(何かとよくしゃべるおばさんが可愛い)、当の娘はまるでオートクチュールに来たいいところのお嬢さまのように振舞っている。それだけなら、ホームビデオのよくある風景といえばよくある風景なのだが、途中、娘がカメラに向かって何か話しかけてきてから、不意に無表情でカメラを見つめる瞬間がある。
その娘のあまりに「ニュートラルな」表情に、この作品を見ている人は何か恐ろしいものを見たような感じになる。普段は無意識に演じてしまう親子の関係性や大人と子供の関係性を超えた、圧倒的な「他者」がそこにいる。それがこの作品の入り口になっている。
作者には現在、娘とその弟である息子がいるが、主な被写体となっているのはいつも娘の方だ。前方を、何も怖いことなどないかのようにずんずんと歩く娘を追いかける作者(カメラ)は、「他者」である娘に、自分がかつて知っていたかもしれない世界、秘密をつかさどる裏の世界につれていってもらう水先案内人の役をたくしているように思う。この役は息子には難しいのかもしれないけれど、息子に案内する世界というのも見てみたい気がする。


